みっつ通信

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三森正道という人間が好きなことを好きなように書いているブログ

「好き」と「恋する」と「愛する」の違い

今までの記事をすべて加筆修正リライトしようと思い立ったものの、50記事以上もあるので何を書こうか迷っています。今日の記事は2016年1月16日に書いた記事 [一人の人間を差別するということは、人類全体を差別するということだ。] を2016年8月21日にリライトしてお送りいたします。
 
一昨日書いた「相手の心に踏み込む勇気。」という記事を友人が目に留めてくれたみたいで、その記事の内容についてブログで語ってくれていました。喜々として読ませていただいていた途中、このような言葉が目に入りました。
 
ブログの末尾に「一人の人間を愛するということは人類全体を愛するということだ」という言葉がありました。おそらくこれは、エーリッヒ・フロムが書いた『愛するということ』という本の中から引用した言葉だと思うのですが、以前、私がこの本を読んだときも、一番印象に残っていたフレーズでした。
 
【参考記事・引用元】8月19日(金) - 天パ日記
 
轟きました。エーリッヒ・フロムの「愛するということ」は読んだことはありますが、まさか同じ言葉を使っていたとは。多分、無意識に印象に残っていたのでしょう。そして、自分は同時に過去記事のことを思い出しておりました。
 
そうです、それがこの記事「一人の人間を差別するということは、人類全体を差別するということだ。」(※元タイトル) です。冒頭でも述べましたが、今年の1月に書いた記事を加筆修正しています (結局全部書き換えちゃった) 。
 
というわけで、どうやら私は知らぬ間にエーリッヒ・フロムの虜になっていたようです。
 
黒歴史リライト作戦の第一歩として、そのようなことを密かに伝えておきたかったのであります。それとようやく本題ですが、上記に引用した彼のブログに書かれていることがとてもわかりやすい上に気付かされることが多かったので、最後に彼のブログに言及して終わりたいと思います。

「好き」と「恋する」と「愛する」の違い

この文章を読んでいただきたい。
 
私の中で、「好き」は「相手の中にある自分と同じ部分を肯定すること」、「恋する(憧れる)」は「相手の中にある自分と違う部分に惹かれること」、「愛する」は「相手の全てを受け入れようとすること」というイメージで頭の中に収まっています。私が誰かに声をかけるときは、最初、この人となら話が合うかもしれない、と思って話しかけます。感受性が近い人同士だと一緒にいて安心するし、相手を肯定することによって自分も肯定されるような気分になるからです。私の中ではその時の感情が「好き」です。逆に「嫌い」は「相手の中にある自分と同じ部分を否定すること」で、相手を否定することによって安心することができるし、自分が肯定された気分になります。「好き」も「嫌い」も相手ではなく自分を見ているという点、自分を安心させるために相手を利用している点で同じです。
 
この言葉を読み、一人でふむふむと納得しておりました。彼がブログの末尾でほとんどが他人の受け売りだと書いておりますが、この内容をチョイスしてブログに書いてくれたことに尊敬の意を表明したいですね。
 
それに対して「恋する」は、安心とはほど遠い所にあります。個人的に「恋」(恋愛感情を伴わない場合は「憧れ」)は、目の前にその人がいない時ほどよく起きるものだと思うのですが、「想像上の相手を今の自分に欠けているものを全て埋めてくれる存在として思い込むこと」なのではないかと考えています。もちろん想像でしかないので、いずれ「恋(憧れ)」は覚めますが、わかっていても自分でコントロールできるものではありません。
 
「そのとおりだなぁ」とかそういう類の言葉しか出てこないんですが、本当にそうだよなと思います。彼の文章は論理的に書いてあって分かりやすいし、もしよければ、みっつ通信に寄稿してくれないかと密かに企んでいます。
 
そして問題の「愛する」ですが、これは「目の前にいる相手そのものを見ようとすること」だと思います。「好き」も「嫌い」も「恋する」もある意味「相手の中の見たい部分だけを見ること」ですが、「愛する」は「自分の見たくない部分を含めてその人自身を受け入れること」ではないかと思います。もちろん人間である以上「自分」という枠から出られないので、相手そのものを見るのは原理的に不可能なんですが、相手の中の、自分では絶対にわからない側面にも想像力を働かすことが「愛」なのではないかと、いまのところ私は考えています。
 
すべての文章を引用する勢いです。ありがとうございます。申し訳ありません。私の文章も世界一面白いですが、彼の文章も世界一面白いですね。
 
改めまして、引用させていただいたことをここに報告致します。事後報告しかできない私に事後承諾の情けをください。
 
あれ…...? リライトした後のほうが修正必要な文になってないか…...?
 
※引用文の赤文字は私が装飾させていただきました。