みっつ通信

三森正道という人間が好きなことを好きなように書いているブログ

引きこもり生活を省みて、唯一、後悔したこと。

引きこもり生活を省みて、と言いつつも現在進行形で引きこもり生活継続中なみっつです。まいど!
 
最近結構鬱っぽくてメンタルの状態が優れません。やっぱり季節のせいでしょうか。落ち込むことも多くて、大切にしたい人に対して不機嫌になったりイライラをぶつけたりしてしまって、それを後悔し、またへこむという悪循環です。
 

 
精神が落ち込み気味の時はいつも今の自分のままじゃだめだとか、将来に向けてもっとこう何かをしなければいけないとか、とにかく自分を責めてしまって、ほんとうに世界が灰色に見えます。
 
不安になったり苦悩したりしても助けにはならないと思っても、落ちている時はそう簡単には抜け出せない。どんなに物事をポジティブにとらえようと思っても、やっぱり全てがネガティブに映る。どうしようもなく些細なことが気になります。
 
不安になることも死にそうになることも今の自分にとっては必要だからこそ、このタイミングで落ちているんだと自分に言い聞かせても辛いものは辛いです。辛いときが早く過ぎ去ってほしいと時の流れに身をまかせようにもやっぱり辛いです。
 
そんな時によく思い出すことがあります。2015年にいばやの坂爪さんと出会ってから外に出始めて、大勢の人と触れ合って学んだことだと思います。
 
それは、普段の日常から幸せを汲み取ること、と表現すればいいでしょうか。
 

 
刺激的な出来事が起こると、たしかに嬉しくなったり喜びに満ち溢れたりして良い気持ちになります。普段の何気ない日常からしてみたら、非日常的な出来事の中には"希望"があります。
 
今の自分にできることから始めて、ちょっとずつ動ける範囲を拡張していったり、今の自分の物の見方をちょっとずつ更新していったりすることには夢がつまっています。
 
でも、いずれは非日常的なことも何度も味わう内に日常化していきます。喜びは一瞬一瞬の風のように過ぎ去っていくだけで、目新しいこともやがては陳腐化していきます。心の中に喜びが蓄積して、四六時中ぶっ飛んだ幸せの中に生きられるわけではない。
 
そう考えると潤った心を維持できている人は本当にすごいと思いますが、自分はそれほどよくできた人間ではないのでよく心が乾きます。闇を抱えている節があるので、何かしらの処方箋が必要です。そんな自分が去年の一年間を通して、唯一、マイハートにちょっと効くお薬を見つけることができました。
 
10年近い引きこもり生活を省みて思ったことです。そして、身も心も引きこもっていたあの時を思って、唯一、後悔したことでもあります。
 
それは、「なぜもっと普段の日常から幸せを感じ取らなかったのだろうか」ということで、今現在もあの時も同じように屋根がある家に住んでいて、寝るところにも困らないし、食べるものにも困らないし、着るものもあって、インターネットはつながっているし、家族は健康だし (迷惑はかけているかもしれない) 、今となっては彼女もできた。
 
今もあの時も足りないものなんて何一つない。人間関係に悩んでいるわけでもない。誰かに傷つけられているわけでもない。それどころかむしろ愛されていると感じることも多くなった。
 
なぜあの時の自分は、何にもできないくせに、何かしなければと思い続けてあんなにも苦しんでいたのだろうか。生きているだけで、充分、頑張っているのに、なんであんなにも自分を責めていたのだろうか。そして、今もまた同じように過ちを繰り返している。なぜこんなにも自分のことを責めてしまうのだろうか。なぜこんなにも自分に自信が持てないのだろうか。
 
苦しみも悲しさも、きっと、その感情に浸り続けることでしか解消はされない。きっと、今の自分に必要だからこそ、苦しみも悩みも悲しみも寂しさもあるのだと思う。だけれど、もっと、今ある日常の幸せにフォーカスしたい。
 
大切だと思う人をもっと大切にしたい。好きな人に好きと言いたい。もっと正直に生きたい。今までの日常がどれほど幸せなものだったか、失ってから初めて気付きたくない。今の日々をもっと実感したい。やがて消えていくとわかっている日々をもっと愛したい。
 
だからこそ、思い出さなきゃ。今を幸せに生きるために、全てを受け入れるということがどれだけ大切かを。そして、自分の幸せは自分で決められるのだということを。