みっつ通信

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みっつ通信

三森正道という人間が好きなことを好きなように書いているブログです

いばや関連ブログ更新情報

ブログは気持ちを伝える手段になる。

ここ最近なにをしているわけでもないけど、結構いそがしく感じていた。師走だけあって、世間の忙しさみたいなものが自分にも流入してきているのかもしれない。今日になってようやく一段落した感がある。
 
ただ、余韻みたいなものはある。やらなければいけないことというか、事務作業的なことに少し追われる日々を繰り返していると、それが終わった途端に手持ち無沙汰になる。
 
なんだか、やるべきことはあらかた片付いたはずなのに、まだ何かやり残していることがあるんじゃないかと少しそわそわする。この記事はそんな心のせわしなさみたいなものを流すために書いているんだと思う。
 
頭の中に残留している細々とした思念みたいなものを早く洗い流したい。
 
いったい何を書いたらスッキリするだろうか。そういえば最近、あるひとつのことに対して「気付き」みたいなものを見つけた気がする。今回はそれについて書こうかな。
お返しの方法は、きっと、沢山ある。
先日の10日のイベントを主催したMさんには日頃からお世話になっている。お菓子やお酒やコーヒーなどの嗜好品、さらには新品同様のお洋服類をダンボール箱いっぱいに詰めて自宅に送ってくれる。なんとそれも1~2ヶ月の頻度で。Mさんは今治市にご在住なので、今治タオルも頂く。なんともう7枚も貰っている。
 
多分、もう返しきれないぐらいの恩を与えてもらっているように思う。少しでも恩返しできたらと、その10日のイベントでは少し張り切ったりもした。結果としてそのイベントはいい感じに終わり、自分はその時のことについてブログに記事を書いた。→料理は愛情!
 
 
そして、この前はいばやの保科さんに会い、いろいろと労ってもらった。まさか海まで行くとは思ってなかったし、保科さんとはじっくりと一対一で話をしてみたいと思っていたので、あの日は帰ってすぐにその日の喜びを記事にした。→まずはやる、まずは出す。
 
おとといには、いばやの徹くんと会い、自分が印象に残った話などを記事にした。徹くんと会わなかったら、まず書けなかったであろう文章を書くことができた。「会ってよかった」という思いをさらに「超絶会ってよかった!」に変えることができたのは、多分、その日の思い出をブログに残すことができたからじゃないかと思う。→好きな人に会うということは、好きな自分に会うということでもあるんだ。
 
 
「恩返し」という言葉がある。「恩送り」という言葉がある。どちらも素晴らしい文化だと思うけど、正直、やってもらったことを自分一人の力で返そうと思うとまれに骨が折れてしまうことがあると思う。たとえば、Mさんからはダンボール箱いっぱいのプレゼントとともに気持ちの込められたお手紙もいただく。大変嬉しく思う。けれど、自分は何度もお手紙をいただいているにもかかわらず、未だに自分で手紙を書いて返事を出したことがない。それには理由というか言い訳があって、自分はあまり字を書くのが得意ではないので、「手紙を書く」という行為に苦手意識を持ってしまっている。根本的に面倒くさがりなのだ。この前もガス点検の連絡をしなければいけなかったのに、やらねばやらねばと思いつつ、結局、連絡期限を過ぎてしまった。
 
やりたいと思うことには迷わず飛びついたりするけれど、ちょっとした事務作業的なことになるとすぐに先延ばし癖が発揮される。Mさんは「無理をしないで」とよく言ってくださるし、自分も無理をせねば付き合えない人とは多分付き合えないだろうから、そういう意味では自分が唯一気持ちを込めてお返しができるのは、Facebookのメッセンジャーを通した返信になる。
 
「本当にありがとうございます!!!」というこの一言に思いを込めて、自分がどれだけそれをしてもらったことが嬉しくてたまらないのかを伝える。
 
しかし、最近になって、自分はお返しの方法はそれだけじゃないということに気付いた。 お返しのもう一つの方法、それは、「このブログを使って気持ちを伝える」ということだ。
 
正直なところ、この「みっつ通信」の更新頻度はとても少なかった。けれど、いろいろな感情が重なり、8月中は一気にいくつもの記事を書いた。
 
そのいろいろな感情の大部分を占めていたのは、きっと、彼女の存在だ。彼女はいまブログを書いて、いわばアフィリエイトで、収入を得ようと試行錯誤している。要は前に進もうとしているのだ。
 
自分はそれを見て、この何もしない自分に完全に赦しを与えてしまっている自分はいったいどうやったら今よりも人生を切り開いていくことができるだろうかと考えた。
 
それでまず思い立ったのが、「みっつ相談所」というやつで、お話聞くんでお金くださいという身も蓋もないアイデアをたしか7月末に書いた。今はその記事は消してしまったけれど、それが転機になって、8月はそれなりの記事量を上げることになった。
 
そうして少し見えてきたのが、最初は空っぽだと思っていた自分の手元には「SNS」というツールがあるっぽいなということだった。
 
自分は坂爪さんと出会って、ぐわっと世界が広がったように思う。それどころか坂爪さんはよく自分のツイートやブログを拡散してくれるので、自分は努力というものをせずにフォローしてくれる人の数が増えていった。
 
ありがたいことにそうした経緯もありの、「人生生きる上で結局なにかせんといかんのでしょう」という見えない敵からの追い込みもありので、自分はそれじゃまずはこつこつと内容はなんでもいいからブログを続けてみよう、もし軌道に乗ったら、広告でも貼ってみようと、そう思っていた。
 
しかし、俺は俺だった。8月に記事をいっぱい書いて、それを拡散しまくっていたら、胸のざわめきが収まらなくなって死んだ。不思議と頭がおかしくなるのでブログを書く頻度は急激に減少した。
 
そして、10月中旬ごろになったら、いよいよTwitterやFacebookを見ると、どっと疲れが出るようになった。これはもう仕方ない、SNSを見るのはやめようと今度はそう思った。昔、自分は「SNSは毒である」という記事を書いたことがある。今はもうその記事は消してしまったけれど、あらためて本当にSNSには毒的なサムシングがあるような気がしてならない。
 
というわけで、11月上旬まではある意味で自分の殻に閉じこもっていた。でも、結局見えない敵は襲ってくるので、致し方ない、それじゃその自分の殻に閉じこもっている自分をブログに書こうと思い、今度は一切の拡散はせずにブログにだけ記事を投稿した。→自分の殻に閉じこもっている時は生きる意味を模索する。
 
そうしたら見事にはまった。多分、拡散をしなければほとんど読まれることはないだろうという安心感によって、それと本当に読みたいと思った人だけが自分のブログにアクセスしてくれるかもしれないという淡い期待によって、自分は彼女とともにカフェで日々の思いを半ば一心不乱に書き続けた。
 
11月は平均して2500文字以上はあるであろう記事を10記事書いた。自分はアクセス解析を見るとやる気がなくなるタイプなので、今もそうだけど数字的なものは一切見なかった。多分、「みっつ通信」はそれほどアクセス数はないし、商品の広告を貼るには全くもって不向きなジャンルなので、クリック報酬型のGoogleアドセンスは年々審査が厳しくなっているというのもあって、まず通らないだろうなと踏んでいた。とりあえずリクエストだけは何度か出したりしてみたけど、案の定2~3回落ちた。
 
そりゃそうだろうな、とか思いながら、でも、よく考えてみれば、自分はブログで収入を得ることに必死になっていたわけではなかったので、まぁいっかってなった。
 
単純にブログを書くことにはまったのもあって、12月になっても定期的に書いていた。そうして、10日のイベントに出てみたら、保科さんはブログ毎回見てるよと言ってくれたし、一昨日は徹くんもブログ読んでるよと言ってくれたし、みんな読んでくれてるじゃないですか本当にありがたいとなり、自分はさらになんでもいいから書いていこうと思えた。
 
そして、Mさんのイベント、保科さんと会った日、徹くんと会った日、全部記事にして自分なりに気持ちを込めて感謝の旨を (間接的に) 伝えた。
 
その時ようやく自分は気付いた。自分は今まで恩返しといっても自分にできることなんて何もないし、と、ある意味開き直っていたけど、そうだ、ブログを通じてありがとうと伝えれば、それは、自分が唯一できる恩返しになるんじゃないかと。
 
だから、自分によくしてくれた人にはこのブログを通じてありがとうを伝えていきたい。そして、自分はその人が何を書いたら喜んでくれるのかということを念頭に置いて、今後もリンク等を貼らせていただきたいと思っている。
 
手紙ひとつも書けやしない不精な自分。お金を使った贈り物を人にあげることも経済的な理由からあまりできない。でも、このブログで気持ちを伝えることならできそうだ。みんながみんな読んでくれているわけではないだろうけど、これからも自分なりのペースで書き続けていけたらなと思う。