みっつ通信

みっつ通信

三森正道という人間が好きなことを好きなように書いているブログ

最近考えていることあれこれ。

2月の合言葉は「考える」なんて記事を書いたせいか、まじで頭の中に考え事が溢れ出して止まらない。前回のブログ記事は13日の深夜にアップしたんだけど、それから下書きにいくつも記事を書いている。それでも記事をアップするまで至ってない。というのも書きたいことがまとまらないからだ。
 
なので今日は最近考えていることあれこれをテーマ別にして書いてみようと思う。
1. 「考える」と「考えない」の意味
自分にとっての「考える」とは物事をより良くしていこうという意味での「考える」だ。自分にとっての「考えない」とは頭の中にある憂いを捨てることだ。
2. その時一緒にいたい人と一緒にいればいい
誰と一緒にいるべきかなんて考える必要はない。ただ、その時一緒にいたい人と一緒にいればいいのだ。人生で起きることのすべては自分自身が望んでいるから現実になる。「会いたくない人と会っている」なんてことは人生では起こらない。会いたいから会っている、そう思うだけで自分は楽になる。
3. 自分を幸せにする権利
この世に生まれてきた以上、誰しもが自分自身を幸せにする権利を持っている。幸せになっていいんだよ。あなたが「幸せ」と思った瞬間にもうあなたは幸せなんだ。
4. 「ないもの」を考えるな、「あるもの」を考えろ
自分の手元に無いものを考えていても、無いものが目につくだけだ。自分の手元に有るものを考えよう。いま自分が持つ手札で何ができるかを考えよう。できないことではなく、今できることに目を向けよう。
5. 恵まれている人はいない。「恵まれている」と思っている人がいるだけだ
何をもって恵まれているのか。金持ちだから恵まれているとしたら、その人は金を失ったら恵まれていないということになる。同じように、職があるから恵まれているという人は、職を失ったら恵みもなにもなくなる。恵みはどこか。それは自分自身が「恵まれている」と思った瞬間にある。職を失っても「より良い出発だ」と思える人はいる。「恵み」も「幸せ」も相対的なものではなく絶対的なものだ。
6. 考えることの意義
人は放っておくと物事をネガティブに考えてしまう傾向があると聞いた。自分はなぜ考えるのか。多分、自分自身を律するためだと思う。考えることで物事をポジティブにとらえ直す。そうすることで自分はフラットな状態をキープしているのではないかと思う。もしかしたら「弱さ」とは一人になるとすぐに不安になってしまうとかそういうことなのかもしれない。自分はたくさん考えないと生きていけない。考えて、フラットになって、考えすぎてバランスを失い、考えないことでフラットな状態へ。そんなことを繰り返しているのかもしれない。自分の「弱さ」が私の思考の支えになっている。
7. 他人を喜ばせるとは
「生きるとは他人を喜ばせること」だとたしかアインシュタインが言っていた。なぜ他人を喜ばせることが生きるということなのだろうか。多分、他人が喜ぶということは自分自身が喜ぶということだ。自分自身を喜ばせながら生きていくということへの最短ルートが、「他人を喜ばせること」なんだろうなと思う。
8. あってもいいけどなくてもいい
この考え方が好きだ。あるならあることを喜ぶが、ないならないでも生きていける。友達がいるならその幸せを噛み締めるが、いないならいないでも構わない。「ある」から幸せなのではなく、「ないならないでもいい」という思考が根幹にあるからこそ幸せは支えられているのだ。
9. 他人の課題は自分の課題
以前までの私は他人が問題にしていることをあたかも自分の問題であるように考えてしまうことが多かった。例えば、相手が不機嫌なのは自分のせいだと自分自身を責めてしまうことがあった。しかし、人から秘密の考え方を教わる。それが「それは他人の課題だよね」だ。相手が不機嫌なのは自分自身が問題なのではなく、相手が自分で自分の機嫌をとることができないだけ。だから、それはその人自身の課題なんだよと。自分はしばらくその考え方を支持していたが、今は少し考え方が変わった。最近は「あなたは私です」、「私はあなたです」という考え方が好きになり、ゆえに「他人」という言葉を使うことに徐々に抵抗が出てくるようになった。「他人」という言葉の使い方を間違うと、自分と他人が区別され、自分と他人の分離感が加速してしまう。
 
自分と他人の違いはなんだろうか。他人は自分を映す鏡ではないだろうか。そう思いを馳せていく過程で、私は「それは他人の課題だ」と思っている時点でそれは「自分の課題」でもある気がするようになっていった。
10. 己を見よ
マハルシの本に書いてあった話を彼女が聞かせてくれた。ある10人の男たちがボートを使って荒れた海を渡った。そして無事男たちは目的地にたどり着いた。そこである一人の男がきちんと10人揃っているかの確認のために人数を数えることにした。その男は自分以外の9人の男を数える。1,2,3,4~、そして9人しかいないことに驚く。もう一人の別の男も慌てて数える。自分以外の目の前にいる9人の男たちを見ながら、1,2,3,4~と数えていく。それでも9人しかいない(それはそうだ自分を数に入れてないんだから)。そこに旅人が通りかかる。旅人は男たちに何をしているのかを問い、それを聞いた旅人は「それなら一人ずつ声を出して数えてみなさい」と言った。男たちは大きな声で順番に「いち!」、「に!」、「さん!」と声をあげる。そして、最後の男が「じゅう!」と言って、男たちはみな声をあげて喜んだ。
 
男たちは人数を確認するとき自分自身を数えなかった。自分の目に見えるものだけを数えて自分自身を数にいれなかった。私はこの話が妙に印象に残っている。私は他人ばかりに目がいってしまい、自分自身が見えなくなってしまう時がある。他人から見える自分を気にすることはあっても、最初にまず自分があるということを忘れてしまっていたりする。現実世界、それすなわち自分自身の心の世界だ。自分の心が投影された世界こそが現実世界だ。自分が変われば世界も変わる。私は思う。それならば、自分の信じたいことを信じていこうと。