みっつ通信

みっつ通信

三森正道という人間が好きなことを好きなように書いているブログ

でも、生きてる。

おはようございますこんにちはこんばんはみっつです。暇すぎて退屈しています。いきなりですが「暇ほど毒なものはない」ということわざを知っていますか。私はさっき知りました。あまりにも暇だったもので、「暇」について調べていたんです。もともと暇なときは「小人閑居して不善を為す」ということわざが頭をよぎるんですが、今日はとうとう暇さも限界を迎えたのか、ついに「暇ほど毒なものはない」なんてことわざに出会っちゃいました。
 
ことわざといえば、最近はなぞに「衣食足りて礼節を知る」という言葉が何度も頭を繰り返しよぎっています。なぜでしょうか。私にも理由はわかりませんが、多分、「衣食"住"じゃなくて、"衣食"さえ足りていれば、礼儀をわきまえられるんだ」というなぞの気付きに感動していたからでしょう。ほんとうに暇だと考え事しかしませんね、私は。
 
そうだ、感動といえば、最近私は自分があまり何かを見て感動したりということが昔と比べてだいぶ少なくなってきているんじゃないかと気付きました。5年前の私だったら、映画を観て泣いたでしょう。それにサッカーを観たりしても大興奮という意味では、もはや心が感動しっぱなしでした。ですが、今の私はいったい何に感動を覚えているのか。
 
実は、この前私感動したことがあったんです。最寄り駅の改札を出て、階段を下りていると、自分から見てやや下のほうに階段を下りている女性がいました。その人を一目見たとき、「ああ、背筋がまっすぐ伸びてて凛としているな」と思いました。そこでよく見てみると、その女性はどうやら手すりを持って階段を下りているようでした。女性が階段を下りきり、舗装されたコンクリートの上に歩き出した瞬間、私は女性が何か棒のようなものを持ち、それを前に突き出しながら歩いていることに気付きました。
 
すぐに私の視野の死角に入ってしまったので、ちょっと早歩きで私は階段を下り、もう一度その女性を見てみると、どうやら視覚障がい者の方のようで、まっすぐ前に突き出した棒の先端が地面に触れない程度のところで、その棒を左右に一定のリズムで振りながら歩いていました。私は時間にして30秒ほどだったでしょうか、その人に見とれていると、その女性は建物ぎりぎりのところまで歩き、棒の先端に草や何かが触れたら、向きを90度変え、またまっすぐ歩き出します。棒を振りながらといっても、そんなに大きく振っているわけじゃありません。なので、小さな横断歩道の前にあったポールに右半身をぶつけていました。車の音は耳で聴き取っているはずです、そのまま横断歩道を渡り、壁際まで歩いてまた向きを90度変え、その女性は歩いていきました。
 
私は不思議とその光景に猛烈に感動しました。ちょっと追いかけたいと思ったぐらいです。私はすぐにコンビニに入ってしまったので、ほんの30秒ぐらいの光景です。たった30秒で私は本当に感動し、勝手に「力強く生きよう」と思いました。
 
 
私は暇だ暇だとか言っていますが、でも、生きてる。それだけで充分なんだな、生きているという事実だけで誰かを勇気付けることもあるんだなと思いました。
 
今日はこんな言葉で締めくくりたいと思います。
 
「あなたが何をしていようが、あなたが生きているという事実に私は応援される」
 
ありがとうございます。感謝することはイコール幸せだなと思う、みっつでした。さようなら。