みっつ通信

三森正道という人間が好きなことを好きなように書いているブログ

等身大でいこう。

等身大でありたいと思う、最近はなんだかかっこつけてばかりのような気がしてきた。思ったことを正直にまっすぐ書けたらいいなと思う。そのままの気持ちで。
 
 
いい意味で、生きるって思いのほか大したことないのかなと思い始めてる。何事に対してもいちいち期待しなければ、日々を淡々と生きているだけでも、充分、幸せは感じられるし、そんなに思いつめなくてもいいのかなと思う。何でもないことに辟易しすぎで、問題を問題にしすぎているのかなと思う。
 
今はネットがあるから、自分自身を容易に人と比較できてしまう。やっぱり楽しそうなひとにほど目がいくし、逆にそのせいかすぐに「自分なんて...」と卑下してしまったりする。考えたいことを考えるのはいいなと思うけれど、考えたくもないことを考え過ぎることで気持ちが落ちるのは嫌だなあと思う。
自分は自分のままでいい。
自分の話になってしまうけれど、13~15歳ごろにかけてが今のところ人生で最も辛い時期だった。傍若無人な父親を前に苦労が絶えなかった。自分のことを思うと、義務教育を受けずに育ったということよりも、父親があまりにもうるさかったことのほうが自分の人格に影響を強く残したのかなと思う。
 
「生命保険かけて首吊って死ね」と、そういうようなことを言われることは日常茶飯事だった。テレビに甲子園か何かの中継が映っているときに、高校球児たちを指差して、父親は私に向かって「あの子たちはあれだけ頑張ってるのに、お前ときたら」みたいなことを言われたのを覚えている。当時の私にとってはとてつもなくショックだった。学校に行かせてもらえずに、父親の面倒を見ている状態でどうやって頑張ればいいのかということを思った。その時の心境で、強く胸に刻まれたこと。それは、「他人と比較しない」ということだった。「自分と他人を比べるならまだしも他人と他人を比べるのはあまりに愚かだ」ということを強く思った。
 
自分は愛を知らずに育ったんだなと思う。父親は親ではなく、当時の自分にとっては子供だった。普通、親に育てられるはずが、自分は小さい頃から親の介護をしていたようなもので、むしろ自分が親の役割を担わされていたと思う。
 
最近になって知り合いが増えたことで人の温もりみたいなものを知った。それまでは鬱の状態のようなものから、どうやって日々をやり過ごすかで精一杯だったと思う。死ぬことばかり考えていた。自分の記憶を振り返れば、必ず、父親の面影がついて回る。この一週間の間に、父親が夢に出てきたのは二回だ。ようやく父親から逃げ、社会に出てみたと思ったら、仕事が少しでもうまくできないと容赦なく怒鳴り散らされる。16歳のときに日雇いの派遣で搬入の仕事をしたことがあったんだけど、現場のおじさんに「目が死んでるね」と言われたのを思い出した。
 
ここ一年か二年で、「みっつさんは目がキラキラしていますね」って何度言われたことだろう。多分、今は人生をいちばん楽しく過ごせている気がする。いま26だ。もうすぐ27になる。ここまで生きてこれてよかったなと思う。他人と比べてしまうと、やりたいことを見つけなきゃとか、もっとお金を稼がなきゃとか、そういった焦燥感や重圧感に押し潰されてしまいそうになる。最近思うのは、「自分は自分のままでいい」ということで、無理に何かをする必要もなければ、自分以外の何者かになろうとしなくてもいいんだと思う。これは弟とよく話すんだけど、「自分を生きることが何よりも人のためになる」。そう思って生きている。
 
 
なんだか今日は過去のことについて書きたくなってしまった。今はもう父親のことを書いたり、思い出したりしても、特に負の感情が湧き出ることは一切なくなった。ただ、なんとなく過去の思い出などを書こうとすると、必然的にブルーな話ばかりになってしまうのだ。かといって、未来の話ができるほどの知識や夢などはあいにく持ち合わせていない。アインシュタインのように「私は未来のことを考えたことはない。すぐに現実になるからだ」とでも言えたらかっこいいんだろうけど。なんて、今度はアインシュタインと自分を比べ始めちゃったりして。
 
さて、今日も気楽にいこう。等身大で。