みっつ通信

三森正道という人間が好きなことを好きなように書いているブログ

自分の輪郭をはっきりさせるためにアウトプットする。

自分の過去記事を読むと恥ずかしくてたまらない。なう、千代田線。電車の中でブログを書くという暴挙にチャレンジしている。この記事も未来の自分が読んだら、きっと、懐かしくて恥ずかしくてたまらなくなるはずだ。
 
ああ、もっとかっこよくなりたいと思う。突然、思う。周囲を見渡せば、才能に溢れ、行動力に満ちているかっこいい人間が大勢いるのだ。この人は本当にかっこいいな、と思う人を見るたびに自分も「やだ、負けたくない!」というギャグ的対抗心がほんの少しむき出しになる(いうほどならない)。
 
いうほどならない。思えば、そんなことばかりだ。気の合う仲間にもっと出会えたら、今の日々がより楽しくなるのかもな、なんて思いながらも実はそれほど仲間を望んでいないことに三秒で気付く。(北千住なう)
 
今日は横浜在住の男性の方とお会いしてきました。偽名でお馴染みのNAKAMURAさんと共に白楽にあるお洒落なカフェで一杯600円以上もするコーヒーをご馳走になりながら、終始穏やかに雑談を交わした。男性との会話の中で印象に残ったことは多くありました。その中でも特に「好きな人との距離感的なサムシング」についての話が良かったです。NAKAMURAさんは「自分の中に彼女的な概念がないのでまったく共感できない」と言っていました。
 
わたくしの個人的な感想でしかないのですが、恋人的な人であれ、親友的な人であれ、「会いたくなったら会う」ことにどれだけ忠実になれるのかが大切なのかななんて思ったりします。
 
(更新中)
 

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...おはようございます。上のところまで書いたところで最寄り駅に着き、家に帰り、風呂に入って、飯を食べたら、いつの間にか寝ていました。今は8時。生来夜型人間の私はこの時間帯に起きることができると、妙にテンションが上がります。朝の光にはヤバい成分が入っているみたいです。午前中の時間帯の価値は高い。脳が疲れていないので、何でもこなせるように思えてくる。昨日はダイレクトにライブ感を出せたらいいなと思って、電車の中でブログを書き始めましたが、一夜明けてからだと記憶が整理されるのか更にいい感じに思ったことをまとめられるような気がしてきました。
死ぬ間際に見ていたい顔を思い浮かべろ
今、自分が少々風邪っぽいことに気付く。僕は鼻にティッシュを詰めながら、物事をそつなくこなすのが得意なんですが、そんなことはどうでもいいですね。昨日は横浜に在住のKさんと2時間ほどお話をしたのちに駅前でお別れをしたのですが、私とNAKAMURAさんはせっかくだから少し白楽周辺を見てみようかと散歩をしてみることにしました。お約束にように松屋でサッと牛丼を食べ、その後、ファミマへ立ち寄りました。白楽にあるファミマは二階全体がイートインになっており、「ここは天国か!うちの近所にもほしい!」と思いました。NAKAMURAさん曰く、ファミマがある町はいい町だとのこと。うちの近辺にはほぼ見当たらない。そして、帰りに東白楽のほうまで歩く途中、「健康超大事...!」という話をしたのですが、その時に「まずは健康じゃないと何も楽しめないよね!」と私は言いました。なう、風邪気味で少し頭がぼんやりしている。そのせいか、謎に先ほど「死ぬ間際に見ていたい顔を思い浮かべろ」ともう一人の自分が脳内にささやきかけてきたのです。(具合が悪くなると急にネガティブになる)
 
とくに掘り下げてはいないので、これを書きながら掘り下げたいと思うのですが、死ぬ間際にそばにいてほしいと思える人というのは自分にとって最愛な存在に近いのかなと思いました。逆に、死の直前に絶対に一緒にいたくないという人も存在する。自分が病院のベッドにいる。誰かがお見舞いにくる。生きている以上は、それが現実に起こる可能性は少なからずある。そんなときに、誰にそばにいてほしい。それを思うと、今、自分が心から大切にするべき人が見えてくるのではないか。時間は流れ、何もかもが変わっていく世界では何も確定的なことなんてないと思いますが、今しか生きることのできない人種である私にとっては、いま目の前にいる好きな人のことを思い、その人との時間を丁寧に過ごすことが今の自分にできる最善なのかななんて思ったりします。
好きな人のことはもっと知りたいと思う

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話は戻り、NAKAMURAさんと共に東白楽へ向かう道中、神奈川大学の構内を経る。自分は学校へ行ったことがないので、教育機関的なものには滅法疎いのですが、大学には誰でも自由に出入りできるんですね。夏休みなのか学食は閉まっておりました。なんだか大学構内を歩いているだけで妙に楽しかったです。自分の知らない景色がまだまだこの世界にはいっぱいあるんだということを再認識することができました。気心知れた人とゆく旅は楽しいだろうなと思った。家にいるだけでも思うことばかりの私は、初対面の方と会ったりすると(たとえ親しい友人と同じ時を過ごすだけにしても)、それはもう思う、思う。ヤマイダレ的な何かかもしれません(May'n好きです)。この頃、自分はなんて生きづらいハードウェアなんだと思うことがままあります。昔、「山崎 動く動く」という題名のライブDVDを、私の大好きな歌手である山崎まさよしが出したのですが、それをパクらせてもらうと、「三森 思う思う」です。だせえ。
 
あまりに奔放なアウトプットで申し訳ない...というほどこれを読んでくれている人を意識することができるような人間かお前?そんな高クオリティな記事を普段から書いているのか?と自分に自問自答しないとこれ以上文章を書くことが不可避になってしまいそうなところですが三森は思う。好きな人のことはもっと知りたいと。三森の英語力ではthis is simpleと表現するので精一杯なのですが、好きな人のことはもっと知りたいと思うのは単純なことではないでしょうか。大切なことのような気がするので、何度でも書く。好きな人のことはもっと知りたくなる。そして、好きな人には自分のことをもっと知ってもらいたくなる。動物的な本能なのかもしれません。セックスアピールというと語弊があるような気がしますが、同性にしろ異性にしろ、自分がこのひとのことは好きだなと思えるひとには自分を出したいと思う。自分を出すことで相手の反応を得たい。どのような反応がくるのか、ドキドキする。いや、ゾクゾクか。まさに興奮に近いものなのでしょうか。人間には言語という超絶便利な代物があるので、奇跡的にここまでこの記事を読んでくれた方がいらっしゃいましたら、好きな人には好きだと言ってみるのはいかがでしょうか。
 
愛にもたれないで 愛を語らないで 無理にふりかざしたりはしないでよ
 
illionのBANKAという曲の歌詞。RADWIMPSの野田洋次郎さんの曲は「君の名は。」関連しか聴いたことがないのですが、この曲を昨日教えてもらったので聴いてみたところ、上記のサビの部分の歌詞が印象に残りました。映画『東京喰種 トーキョーグール』の主題歌なんですね。出だしの「言葉でなんか救えない そんな想いに抱かれてしまった」という歌詞も深くて。音楽はいいな。好きな人には好きと言ってみて、と書いた瞬間に謎に「愛を語らないで」というフレーズが頭の中に蘇ってきた。ので、引用させていただきました。
 
自分の輪郭をはっきりさせるためにアウトプットする
まとまりのない文章になりました。これ以上、長文になるとまずい気がしてきました。もっと上手にアウトプットできたらと思うのですが、それこそ上手になるためにまずはアウトプットですね。そういえば、昨日、三人でお茶をしているときに「クソみたいなアウトプット話」で盛り上がった(と、勝手に思っている)のですが、電車で帰宅中にふと「自分の輪郭をはっきりさせるためにアウトプットしたい」と思ったことを思い出しました。「なんにもしないよりはクソみたいなアウトプットでも出したほうがマシ」ならば、プラスアルファ、「自分の輪郭をはっきりさせることができる」という利点もあるのかなとなんとなく思いました。俺は普段からこんなこと考えて過ごして、いる or いたんだ。またこの記事をいつか読むことがあったら、きっと、自分の轍を見ることになるだろうななんて思う。「恥ずかしいことほどやりたい」と思う。自分の輪郭をよりはっきりさせるために。