みっつ通信

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「お金は汚いもの」から「お金はきれいなもの」という認識へ。

私のブログの記事下には、「支援」という形で口座番号を載っけている(調子に乗っていると思われそうで怖い)。最近はありがたいことにごく稀に「ほんの気持ちなのですが、お金を送りたいので、口座番号を教えていただけませんか」という連絡が届く。私はメッセージをいただくことに最大級の感謝の念を覚えるのだけど、贈ろうとしてくれる方にとってはわざわざ口座番号を聞くために私にメールを送るというのも手間であるかもしれないと思った。それと私という人間は不精すぎるので、そういった事務的なやりとりをどうにか省けないかと思考する(ものぐさな人間は便利さを追求してしまう)。簡単な答えとして、記事下に口座番号を載っけてしまうことにした。
 
そして、お金に限らず物などを送ってくださる方々は「ほんの気持ち」という言葉を添えてくれることが多いのだけど、それとは裏腹にびっくりするような額であったり多くの物であったりと心の込もった支援をしてくれる。お手紙も嬉しい。つい先日、連日の雨により虚ろになっていたところに一通のメールが届いた。銀行からの振込があったというお知らせであった。「え?」という思いとともに、ドキドキしながら通帳を確認してみると、私の期待を超えていくように一桁ほど額が違う。私は驚きと嬉しさのあまり、キッチンにあるテーブルの周りを30分くらい胸の高鳴りとともに走り回っていた。現金な人間なのかもしれない。嬉しくてたまらなくて、弟に対してしばらく喜びのほどを伝えに伝えまくった。弟は「さあ山分けだ!」と言っていた。結局あげない私はケチくさいだろうか。私宛のメールのようなものはなく、しかも匿名であった。「粋」である人は多い。
 
私は貧乏なので(貧乏性でもある)、自由に使えるようなお小遣い的なものは皆無に等しい。情けない。ごく一部の愛すべき方々からのお小遣いをのぞくと、食費を削りに削ることでしか何処へ行くにも交通費もまかなえない懐事情だ。そんな折に、こうした見返りを求めていないと思わせてくれる粋な支援。喜びという感情を超えて、興奮状態になってしまう。恩は返すものではなく回していくものだとは思う。だとしても、一言ぐらいお礼を言わせていただかないと気がすまない。ありがとうございます。今までも、今回も、私みたいな人間を支援してくださる方々には二億回くらいありがとうと言いたい。
「お金は汚いもの」から「お金はきれいなもの」という認識へ。
多分、「お金は汚いもの」という印象を持っている人も多いのではないかと思う。私はそうだった。例えば、いわゆるアフィリエイト系のブログに対して偏見を持つことは多かった。お金のために書くなんて「いやらしいわ!」と。でも、何かに対して嫌悪感を抱くときは本当は自分もそれについて興味を持っているという場合がある。結果的に自分のブログに広告を貼ってみるなどした結果、ほぼ収益はあがってないけども(一日7円とか)、いつの間にか毛嫌いしていた気持ちはなくなり、「なんでもありだね!」という考え方に変わっていった。そうした見方の変化と比例するように、私は自分の中にある「お金は汚い」という認識を「お金はきれい」という認識に変えていった。そんな経緯もあり、「物は試し」という感覚で、口座番号も載っけてみた次第である。
 
実際に現金をもらって喜ぶ自分がいる。パン一個買うにもお金の必要な世の中である。素直に嬉しい。この溢れ出る気持ちはきれいな感情のように思える。汚いものをもらって、こんなに純粋な気持ちになれるものなのだろうか。そんなことはないんじゃないのかな、と思う。だから、私は「お金はきれいなもの」という認識を持つことにしたのだ。金は天下の回り物という。もっと回していけたらなと思う。