みっつ通信

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なくてもどうにかなる!

一日の食費が150円なんですが、そんな私も誕生日をお祝いしていただいたおかげで、いつもよりも少し多くお金を持っています。数万円なのでありあまる富とまではいかないんですが、私にとっては大金です。というわけで、このお金をどう使ったらいいかと考えていました。が、使い道がまったくわかりません。

昔から欲しい物があっても、お金がないので買わない(買えない)ということを繰り返してきました。ちなみに父親からもらったお小遣いは生涯で10円でした。欲しい物があっても買わないということを繰り返していると、とんでもないことに気付きます。それは、「なくてもどうにかなる!」です。

最近、寒くなってきたのでレギンスを新調しました。冷え性なんです。が、今まで使っていた伸び切ってぶかぶかのレギンスもまだ履けることに気付きました。その時、私は後悔しました。「まだいけたわ!」と。いつか用の予備として考えれば、何も完全なる無駄遣いというわけではないのですが、予備を買っておくという習慣がないので、このレギンスは予備だと自分の心に言い聞かせるのに時間がかかりました。

生活必需品を買うことにためらいはないのですが、洋服など今あるものでどうにかなるというものを買うときなどはとても迷いますし、しかも買った後で高確率で後悔するはめになります。「これはなくてもどうにかなったわ!」と。余談に余談を重ねますが、私はミニマルな生活に憧れています。たまに何もない部屋で、ノートパソコンだけ開いて暮らせたらと思うことがあります。

そんな自分の性格もあってか、「ほしい物を買う」という習慣が根付いていません(主に贅沢品を)。なので、いくらか使えるお金があっても、何に使ったらいいのかさっぱりわからないどころか、中途半端に「何を買おうか」なんて思っちゃうので、むしろ心臓に悪いです。ルソーの「人間の不幸は自分の為し得ること以上に欲望を満たそうとするところに生まれる。不幸は物がないということではない。むしろ物が欲しいと感じるから不幸なのである」という言葉を思い出します。

欲がないというのは良いことのようでもあるのですが、まれに「俺は欲がなさすぎるから甲斐性なしナンだ!」と、のたまってしまうときがあります。蛇足に蛇足を重ねておりますが、今日は「ほとんどの物はなくてもどうにかなるばかりか、むしろないほうが身軽だったりする!」ということを伝えたかったのであります。

話は脱線をし続けますが、お金があっても「ちょっともったいないから贅沢な物は買えないな」などと思って、「それなら菓子パンやジュースを買おう(食費の代わりになるし)」と小銭を使い続けていると、いつの間にかに財布の中身が減っています。怖いです。世の中お金が減るような仕組みでつくられているぞ!

多分、体験のためにお金を使うのもお利口なんだと思いますが、お金がある内に普段使っているものを新調しておいたほうがいいのかななんて思っております。と、口では言うのですが、パソコンとかスマートフォンとか今あるものでどうにかなっているので、これらも結局買わないでずるずるといってしまいます。

無駄話が長くなってきたので、そろそろ切り上げたいと思いますが、もう少し語らせていただくと、自分で買わない分、物をもらったときの喜びが謎に大きいです。お金をもらっても、食べ物をもらっても、同じくらい嬉しいと最近になって気付きました。多分、その物に入っている気持ちが嬉しいのかもしれません。

話は冒頭に戻りますが、使い道があまりにも見つからないので、とりあえず弟に一万円をあげてみました。喜んでもらえたと思います。何かを貰うときの喜びも大きいですが、何かをあげることができるときの喜びも大きいですね。