みっつ通信

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心のおっぱいを吸ってるか。

お役立ち話は巷に溢れていると思うので、私は役立たず話をしようと思います!というわけで、最近思うことあれこれをまとめます!

品のある不良と書いて「不良品」。

昨日、弟と話をしていて、「俺は不良になるよ」と言った後に「やっぱり、品のある不良がいいな」と言いました。弟から言わせれば、「それはもはや不良じゃないよ!」ということなのですが、私は、品のある不良、すなわち不良品としてこれからも生きていこうと思っております。

惰性はだせえ。

言いたいだけでした。

肯定の力は偉大。

「俺はクソムシです」とは平気な面では言うものの内心は誰かに責められるんじゃないかとガクガクブルブルな状態の時に、「クソムシ!大好き!」と言われると、「へへへ、それなら俺はこのままいくぜ」とコロッとなります。そんな僕です。

愛は見返りを求めない。

最近、かくかくしかじかで自分は見返りを求めているんじゃないかと思うことがよくあって、なんて情けないんだ僕は、となっていたんです。このままじゃいけないとなっていたときに、弟とこんな話をしました。

みっつ「俺以上に贈り物をもらって喜ぶ奴はいないんじゃないかと思う。これブログにも書こうかな」

弟ちゃん「アピールしてるね(笑)」

みっつ「でも最近自分は見返りを求めてやってることも多いんじゃないかなと思ったりして反省ですよ」

弟ちゃん「でも、見返りを求めてないからこそ喜びが大きいんじゃない?」

みっつ「!!......おれね小さい子供がプレゼントをもらってめっちゃ喜んでたりするじゃん。あれ大人と言われる年齢になった今でもその喜びに匹敵するぐらいの嬉しさをプレゼントをもらったときに感じてると思うよ」

弟ちゃん「もらって当たり前だと思っていると喜びも半減するよね」

みっつ「!!......ありがとう」

弟ちゃん「子供がプレゼントをもらうときのような喜びの大きさを今でも忘れていないんだね」

みっつ「金持ちではなく、愛持ちに、俺はなる!」

11月のテーマは「心から語っちゃいなよユー」。

頭ばっかり使っちゃう自分への戒めです。頭でひねり出した言葉よりも、心から溢れ出してきた言葉を綴ろうと、そんな風に思います。

静かにしているときに心の吟遊詩人は現れる。

たまに布団の中などで一人で静かにしていると、急に「心の声」みたいなものが湧き出してきて「うわおわあ!」となる。今日は「お前は何を言ってもいいんだよ」と心の吟遊詩人に言われたような気がして、私は「承りました」となりました。

12月のテーマは「言いたいことを言っちゃえよユー」。

もう11月も半ばなので、早めに来月のテーマを掲げよう。12月のテーマは「言いたいことを言っちゃえよユー」にします。何か言いたくなったら、素直に言おう。それで怒られたら、怒られた後でまた何か考えよう。

考えるな、感じろ。

頭はすぐに「こうあるべき」をつくり出す。でも、心は「本当はこうしたい!」と言っている。心に頭で蓋をしてしまうと、自分の本当に感じていることがわからなくなる気がする。頭さんはかたいことを言うけれど、心さんはやわらかいことを言う。頭はつまらないが心はおもしろい。

本末てんとう虫。

楽になる考え方をとりいれかったはずなのに、いつの間にかその楽になると思われる考え方が絶対になってしまって、それに縛られてしまうことがある。本末てんとう虫である。

退屈な男で何が悪い。

「退屈な男で何が悪い」と最近になって開き直りはじめました。

自分を出すとは丸裸になることである。

自分を出すとは、自分を相手に押し付けるということではなく、裸の自分を見せるということだと思う。洋服を脱いで変態になるというより、こう、肩書きとか知識とかそういった装備を外して、ひととコミュニケーションをとろうとすることが自分を出すということだと思う。

出してるときは気持ちいい。

前にもブログに書いたんですが、昔、父親の友人のおじさんが「人間は体内から何かを出してるときは気持ちいい」と言っていたことを思い出す。出す!!!

寝ても解決しない問題は、自分がその問題を問題だと思っているだけ説。

ほとんどの問題は寝れば解決するような気がするのです。寝ても解決しない問題は、もしかしたら自分がその問題を問題だと思っているだけではないか説が私の中に急浮上しております。もしもこれに不快感を覚えた方がいらっしゃいましたら、どうぞ「このクソムシが!」とみっつに言っておやりなさい。喜びます。

みんな、男と女やんけ!

大変に言葉にしづらいのですが、私は、たまーにですが、この世にいる人間が「性器」に見える時があります。何を馬鹿なことをって感じですが、男ならそれ、女ならあれ、です。私が変態な目でそういう風に人を見ているわけではないということは必死に弁明したいのですが、みんな、それとあれで動いているところあるよなって思うんです。そんな風にひとが見えるときがあるということを言いたかっただけでした。

9割の行動の動機は「好きな人に会うため」である。

ありがとう、いい動機です。

流行りの中には必ずタブーが隠されている。

気がする。

心のおっぱいを吸ってるか。

諸君よ、心のおっぱいを吸ってるか。赤子は生まれてまもなく、母親の身体からおっぱいをもらって生命を育てる。赤ん坊のころはおっぱいをもらって育てられた。これは第六感の働きなのですが、多分、その時は身体を生かすのと同時に心にも安心感を吸っていたんだと思う。赤子が母親の乳を吸って栄養を得たように、人間は成長した後、ご飯を食べるようになる。が、しかし、ご飯を食べるだけじゃ心は満たされないんだ。赤ん坊のころと同じように心のおっぱいを吸うということを大人になった今も忘れてはいけない。人に甘えたり、人の温もりに触れたり。相手との愛のやりとり。諸君よ、心のおっぱいを吸ってるか。