みっつ通信

mitz3.com

自分を騙したら一巻の終わり。

アフリカの貧しい地域では生まれで一生が決まる、農業の家に生まれたら一生農業、他に選択肢は持ちにくいと聞いた。ゆえに迷うこともなく苦しみも少ない。

逆に今の日本ではインターネットなどを通して、他人と比較してしまうことが多くなり、必然的に自分には選択肢が多いと思い込んでしまうそうだ。そのせいで迷いが増え、苦しみにつながると。

インターネットにはいろいろな価値観が溢れている。名誉を信奉するひと、権力や金を信奉するひと。それらの価値観を否定しようとは思わない。多様な価値観があるからこそ、世の中は便利に発達していっているとも思う。

しかし、他人の価値観にさらされるということは、本来”今に集中”していれば得られたであろう幸せを、自ら手放してしまうということでもあると思う。

本当の自分は何も持っていなくても幸せなのかもしれない。むしろ何も持っていないことのほうが幸せなことなのかもしれない。にもかかわらず、他人と比較することで何かを持つことが幸せだと思い込んでしまう。

余計なお世話なことに周りは「学歴がないなら落ちこぼれ」だとか「職歴がないということは社会不適合者」だとか「お前は何も持っていなくて可哀想」だとか「お前はバカ」だとか「お前は不幸」だとか口うるさく言ってきたりする。

自分がどれだけ今の人生で幸せなんだと思っていても、周りが「そんなんじゃだめだよ」と、「生きるということはこういうことなんだよ」と生き方を押し付けてくれば、人を信じやすい人はそれを信じてしまう。

自分の価値観のままでいられれば幸せだったところを、周りの意見に振り回されるとどうなるだろうか。周りにお前はおかしいんだと言われ続けるとどうなるだろうか。多分、自分は不幸な存在なんだと思い込んだ後で、今度は復讐を始めることになる。

自分はこのままじゃだめなんだと復讐に走れば、それは自分自身を裏切る行為になる。そしたら一巻の終わりだ。割れた皿は元には戻らない。

他人の価値観は他人の価値観だ。自分以外の人間が自分自身の幸せを決めるのではない。大切なのは周りに幸せだと思われることではなく、自分が自分の幸せを決められるのかどうかだ。

周りは好き勝手言う。平気で軽蔑してくることもあるだろう。自分はこれで幸せなんだと思っていても、周りはお前は不幸な状況にいるんだと決めつけてくるかもしれない。それに騙されるなと思う。

騙された人間から順に人を蔑視するようになる。これは何度でも言いたいと思う。自分が幸せだと思っていれば、それで充分幸せなんだ。自分を騙すなと思う。

自分は自分のままでいていいし、自分の好きなように生きることが結果として周りに背中を見せる【前を歩く存在になる】ことになるんだと思う。

自分の価値観で生きるというのは、そういうことではないかなと思う。周りに惑わされず、いま自分の目の前にあることに集中する権利は誰にでもある。幸せになりたいのなら、今この瞬間から幸せになっていいよと思う。