みっつ通信

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神様は何も禁止なんかしてない。

私はツナが大好物なのですが、この前弟に「俺はツナなしでは生きていけない」と言ったことがありました。そしたら、弟が「まさに命ヅナだね」と返してきたのが「上手い!」と思って忘れられません。

最近思うことあれこれをまとめます。

I LOVE 戦友

「関係性を継続させるためのコミュニケーション」があまり好きではない。友達と久しく会ってないからと「最近どう?元気してる?」みたいな気の利いたメッセージを送ることができない。多分、動機が心配だからかもしれない。

相手のことを気にかけているようで、実のところは相手とつながっていないとなんとなく不安だからという理由で発生するコミュニケーションでは何も進展しない気がする。

心配より信頼をしたいと思う。相手を気遣うふりはしたくない。嫌われないための優しさを見せるくらいなら、嫌われてもいいから見守っていたいと思う。

「親友は戦友」かもなと思う。お互いがお互いと向き合うのもいいけれど、お互いで戦争に行くことのほうが関係を強くさせるような気もする。傷は絆になる。一緒にダメージをくらった仲なら戦友だ。中途半端な気遣いなどなくても、心のどこかでは「心の友よ」とつながっている。

全部許す。

人から聞いた話で、何かの本に書いてあることだと思うけれど、グッときたので紹介させていただきたいと思う。

ある男が電車に乗っていたら、車内で子供が騒ぎまくっていた。近くに父親らしき人がいる。男は「なんで父親は子供を叱らないんだ」と苛立っていた。周囲の人間も何も言おうとはしないので、男は「それなら俺が言ってやるぜ」と父親の元に歩み寄り、「子供たちが騒いでいるけどなんであなたは子供を叱らないんだ!」と言った。その言葉に父親はハッとなった様子で、「すみません……今朝妻が亡くなりまして……これからのことを考えてしまっていました」と言った。それを聞いた男はどうしようもない気持ちになり、後で「俺は一体何を見ていたんだ。いい気になって」と自分を責めたらしい。

私の文章では感情の機微を表現しきれない。誰にも生きているとどうしようもないような事情により、普通に生きることもままならなくなることがある。私は人と接するとき、相手がどんよりしていたり苛立っていたりするともろにダメージをくらってしまう。でも、どんな人にもこらえきれない事情があるんだと思う。許す立場ではないけれど、私は「全部許す」と思った。全部許したい。

一人なようで全然一人じゃない。

なぜ自分は一人でも平気なのかなと思った。でも、すぐに自分は全然一人じゃないと思った。家族に支えられているし、身近な人にも支えられている。一人なようで全然一人じゃないと思った。心を通い合わせることのできる相手がそばにいてくれるから、私は平気なように生きていられるんだと思った。

嫌いの先の好きへ。

女性同士はよく「吐き出し合う」と聞く。ここに男性の自殺率の高さを見る。男のほうが「人の愚痴を言うのはかっこ悪い」ことだと思っているような気がする。

たまに誰かを嫌いになるときがある。その気持ちを押し殺していると、なんだか全身から変な臭いが香り出してくる。多分、私は結構感情的になるほうだし嫌いなら嫌いと口に出すタイプだと思う。

誤解を恐れずに言うと、嫌いと言うために嫌いと言っているというよりは、感情を溜め込まないために出している。不思議と嫌いと言った後のほうが嫌いじゃなくなっている気がする。

なんなら嫌いと言ったみたら、前よりも好きになっちゃうパターンもある。好きな人にしか怒れないパターンもある。嫌いの先には好きがあるパターンもあるのかもしれない。

自分が出せないというより、自分が出ない。

人見知り星人になるときは「自分が出せない」というよりも「自分が出てこない」だけかもしれない。相手のことが好きだったら、自分のコントロールを超えたところで自然と自分が出てきちゃう気がする。話のネタがなくても、好きな人との会話は途切れることがない。多分、人見知りなんじゃなくて相手にあまり興味がないだけかもしれない。

わからせに行く。

最近は「キルユー」と思うことがある。言葉が乱暴すぎるけど、俺に触れたら殺されると思ってくれと思っている。恥ずかしいことを書いているなと思うけど、中途半端な気持ちで俺に触れたら火傷すると思ってくれと思っている。わからないならわからせに行くよと思う。俺に出会ってしまったのが運の尽きだと思ってくれ。

自分に出会えてありがとう。

ずっと一人でいたり、ずっと同じ人と同じ空間を共にしていると世界がここだけのように感じてくる。俺は一生このままなのかなと停滞感を覚えてくる。そんなときに好きな人に会うと「ああ!こんな俺もいたんだ!」とフレッシュな自分に還る。好きな人に会うということは、きっと、好きな自分を思い出すということでもある。

俺は俺だ。

たまに「俺は俺だ」と自分に言い聞かせてやらないと死んでしまいそうになるので、自分を奮い立たせるように今一度叫びたいと思う。

俺は俺だ!

ありがとうございます。最近は「愛の自家発電」という言葉にはまっていて、子供が元気にいられるのはきっと身体を本能のままに動かしているからだと思ったので、自分一人でいるときに気合を入れるために飛び跳ねたりしています。

神様は何も禁止なんかしてない。

川本真琴の『1/2』という曲の「神様は何も禁止なんかしてない」という歌詞は非常に肯定感があり好きです。よく一人で口ずさんでいます。神様は何も禁止なんかしてない。いいですね。神様は何も禁止なんかしてない。ああ、ありがとう。