みっつ通信

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最近の脳内まとめ。

ただいま夜中の3時である。せっかく昼夜逆転が治まり、朝の7時に起きる生活になっていたというのにこんな時間に起きてしまった。朝の5時ぐらいに起きると健康的な気がするのに、まだ日も出ていない夜中に起きるとたったの2時間の差しかないのに一気に不規則な生活をしている気分になる。

というわけで、起きてそうそうにブログを書き始めている。昨日は体調が悪くてしんどかった。寝不足だったせいか頭痛、腰痛、胃腸の不調のトリプルパンチでずっとこたつにこもっていた。寒くて外に出る気分にもならないしで、一人でもくもくと作業をすることが多い今冬である。

日々、作業。

最近は個人情報の整理とか、自分のアカウントのセキュリティチェックとか、そういう雑務的なことをこなしている。Evernoteに毎日思っていることを書き綴ったりもしている。今なくてはならないアプリは何かと問われたら、迷わずに「Evernote!」という自信がある。

LINE Pay

昨日ももくもくと一人で作業していた。最近『LINE Pay』というものを発見して、それを使うことによるあまりのメリットの多さを知ってすぐにカードを発行した。LINE Payを賢く使うためにもともと使っていたスルガ銀行から三菱東京UFJ銀行に乗り換えたり。

ちょっとLINE Payについて語ると、いま私が使っている楽天カードはポイント還元率が1%なのに対してLINE Payは2%だった。細かいことを省くと単純計算で倍である。これは使わない手はない。貧乏である私にとっては大変助かる話である。

スマートに生きる。

いま私は財布の代わりにマネークリップというものを使っていて、そこにカード類とお札を挟んで使っている。それとキーケース。マネークリップには、MUFGキャッシュカード、楽天クレジットカード、LINE Pay カード、保険証。キーケースには、小銭、Suica、鍵。今のところ外を出歩くときはこの二つとスマートフォンを持っていく。

私は少しミニマリズムを信奉しているところがあるので、もっと物を減らせないかと考えてしまう。カード一枚とってもそうだ。出来ることなら、少ない物で、賢く生きたいと思う。

最適化、効率化、再構築、研究者タイプ。

今日のブログは書きたいことが多くてちょっと長くなってしまいそうだ。このようなブログを読んでくださる方がいるということには感謝せざるを得ない。この記事も長文になる可能性が高いので、お暇な時にでも読んでいただければと思います。

このブログを更新することも、ある意味で「作業の一環」ということになる。知人に言われてハッとしたけど、私はどうやら「最適化すること、効率化すること」が大好きみたいだ。無駄を省く。そのことに力を注いでしまう。

再構築

それと再構築すること。一度積み上げたものをぶっ壊して、もう一度積み上げ直す。これも大好きみたいだ。小さな話だけど、この前は長年愛用してきたブラウザ『Firefox』から『Chrome』に乗り換えた。Firefoxはカスタマイズ性に優れている。10年以上は使ってきたと思う。そんな愛するFirefoxのデータをワンクリックで全部消した。

正直、ちょっと自分でも驚いた。これなくしては生きていけないと思っていたものを一瞬で消し去ることができたということに。正直、500個くらいあるブックマークやら、長年最適化してきたアドオンの設定やらを思い立ったと同時に消してしまった瞬間はちょっと心の臓にダメージがきたのも事実。けれど、そんなダメージも一瞬で癒えた。

「これなくしては生きていけない」というものを破壊する。そして、また自分の好きな環境を再構築していく。この快感に勝るものは少ないんじゃないかなと思ったりもする。執着を手放すということでもあると思う。カスタマイズを一から始めたChromeも今では作りに作り込んだはずのFirefoxよりもずっと使いやすいし挙動も軽い。

なんでずっとあんな重い環境で頑張っていたんだろうと思う。多分、Firefoxに対する愛だ。Chromeのカスタマイズにかけた時間はたったの2~3日。10年くらい弄り倒してきたものもこうして潰えていくのだなと。何はともあれChromeに執着しているわけではないので、また気が向いたらFirefoxに出戻りするという可能性も大いにある。

完璧主義に気をつけろ。

再構築は自己破壊とセットだ。そして、新しく構築するために最適化と効率化を繰り返す。最近は延々とそんなことを繰り返していたら一つだけ新しい教訓を得た。

それは、あまりにも無駄を省いていると完璧主義になるということ。本当に細かいところでまで気になり始めて、一体全体何のために俺はこんなことをしているのだろうという思いに囚われることになる。やりすぎは禁物だ。

俺にとっての幸せとは

上でも書いたけど、多分、この記事も自分の頭の中を整理するために書いている。こうして作業をしていると仕事をしたという気にもなるから一石二鳥。

多分、自分にとっての幸せとは「夢中になること」だ。夢中になるということは何かに集中するということでもある。時を忘れるように没頭する。そのことに幸福感を見出す。

先日、知人に研究者タイプだよねと言われたことを思い出す。多分、自分にとっての幸せは研究することに似ているんだと思う。

暇をつぶすスキルが圧倒的になった。

話は出だしに戻るけれど、昨日は頭痛、腰痛、胃腸の不調というトリプルパンチに見舞われていた。何をしようにも身が入らない。日々こなしている雑務もいい感じにキリがついていたので、もうやることもないなと思っていた。

それなら体調不良だししっかりと休もうということでこたつに入ってうとうとしていたら、まだ明るい時間帯だったのにいつの間にか日は明けて目が覚めたときには夜中の3時だった。睡眠不足は本当に体に良くないと思う。たっぷり寝たら、頭痛も腰痛も胃腸の不調もかなり良くなった。

というわけで頭の回転も元に戻り、こうしてブログを書いて暇を潰せるくらいには復活した。暇と言えば、暇についても語りたいことがある。

最近私は暇を持て余さなくなってきた。暇だなと思う前に生活に紐付けられた行動を自然としている。家事全般もきっちりやろうと思えば、どこまでもきっちりできるから、めんどくさいなと思わなければいつまでも掃除したりできる。

思ったことをそのままにノートに書き綴れ。

それにトップでも触れたけど、最近は日々頭で考えていることをノートに書くようにしている。これは知人にもおすすめされたこと。何でもいいからとにかく頭に浮かんだことをそのまま紙に書く。まともな文章になっていなくても構わない。いや、むしろきれいな言葉じゃないほうがいいくらいだ。

雑文、乱文、なんでもこいということで「あーあーうわーあれだなーほんとにもうクソクソ」みたいな普段文章にすることはまずないであろうくらいの「頭にあることをそのまま出す」。

自分は手書きで字を書くことが苦手なので、パソコンでEvernoteにがががっと文章を勢いよく書いている。ちょうどたまたま今年の元日からそれをやり始めた。そして、もう一ヶ月以上も続いている。これは本当におすすめしたい。メリットを挙げるとキリがない。

1.余計な考えを手放せる。

瞑想でもしない限り、自然と余計なことを考えてしまうことがある。雑念というのだろうか。妄想の類に近い。反省はありでも、過去のことを思い出して「うわあああ」っとなる時間はいたたまれないものがある。

「思いを手放す」ということだと思う。その為に、ノートにその時の思いを全部書く。その書いた言葉は誰にも見せてはいけない。大切なルールを書き忘れていた。それと自分でも基本的に見返さないこと。書いたら終わり。

私の場合は、Evenoteに2018フォルダを作って、その中に毎日タイトルに日付を入れて何でもいいから書き出すようにしている。タイトルは「01/01」みたいな感じ。今日のこれは下書きでEvernoteに書いているけれど、タイトルは「02/04 blog」にしている。

2.文章を書けるようになる。

もっと上手く文章を書けるようになりたいと思っていた時期があった。今はあんまりそんなことも考えなくなったけれど、ノートに思いの丈をぶつけていると自然とそれが習慣化し、文章を書くということ自体が生活の一部に組み込まれる。ゆえにブログを書く時だけとか、Twitterをする時だけとか、そういう時以外にも文章を書く機会を増やせる。

結果として思いの丈をぶつけるような速度で文章を書くことも自然になってくる。自分にとっていいことは習慣化させていくべきだと思う。

3.日々のデータが蓄積される。

上で書いた文章は読み返さないと言った。でも、それは"基本的に"だから必要があれば見返してもいい。これはマイルール。自分の作ったルールに縛られても意味がないので、そこは柔軟に。自分は基本的に見返さないけど、「そういえばあの時書いたアイデア役に立ちそうだな」と思った時は普通に過去のノートを読む。

毎日のように書いていると、あの日何をしていたかとか、あの日思いついたアイデアは何だったかとか、そういうデータが蓄積される。それは副産物だ。思いを手放すためにやっていたことが結果的に日記のようにデータ化される。書くという習慣が身につくおかげで閃いたアイデアを瞬時に残す癖がつく。

どうせなら生産的でありたい。

と、いま思いついたことだけをざっと並べてもこれだけメリットがあることがお分かりいただけただろうか。どうしてノートに書くことを勧めているのかというと単純に「良質な暇つぶし」になるからだ。思ったことを紙に書くということを教えてくれた知人も、それをやっている時は「多幸感がある」と言っていた。

ブログを書くという行為は生産的でもあると思う。日々思いついたことをメモることを忘れないでいるとブログを書く時の手助けになる。結局、自分は何を一番に伝えたいのかということが目に見えてくる。総括すると、どうせ暇なら、楽しく生産的に暇つぶししたいということだ。

そして、この章のポイントは「暇がなくなる」ということだと思う。正確には「暇を暇と思わなくなる」。暇な時間といえば「ぼーっ」としていたりすることを連想すると思う。やることがないで退屈する。でも、そんな時間にも価値があるように思えるのだ。

ぼーっとする時間もあってもいいはずだ。一見、非生産的な怠け者かのようでも、その時間で素晴らしいアイデアを考え出しているかもしれない。何も生み出してなくてもいい。何も考えない時間によって、人はまた動き出すためのエネルギーをチャージしているとも考えられる。

結局、見出しのところに「生産的でありたい」と書いたのは、暇に弄ばれないため、である。暇であることに退屈し、その時間を本当に無駄にしてしまうくらいなら、割り切って自分がいいと思う暇つぶしをしたほうがずっといい。少なくとも自分にとっては一人の時間にゆっくりと考え事ができる時間はなくてはならない貴重な時間だ。

何事もとらえ方次第である。動きすぎることだけが生産ではない。ゆっくりとする時間もまたなくてはならない時間なのである。

最後に。

本当は最近思ったことあれこれをまとめて書こうかなと思っていたけれど、最終的に日々のまとめみたいな感じになってしまった。ネタを10個くらい用意したのに一つも触れていないという。ここで完璧主義になると「書かなくちゃ」という思いにとらわれて、本来書こうとしていたことまで疲れながら書いてしまうことになる。いい感じに切り上げることも大切だ。書きたいことだけを書こう。

実は少し前に「もうブログを書くのもSNSをやるのも全部やめようかな」と思っていた。たまに自分がそれを何のためにやっているのかがわからなくなってしまう瞬間がある。本当は「自分のために」やりたいはずだったのに、いつも何かそれが義務化され、やりたくもないことをやっていたりする。やりたくてやり始めたことが「やらなくちゃ」になっていたりする。

だから、やめようと思った。でも、私は天邪鬼的気質があるのかもしれない。やめようと思うとやりたくなる。やめてしまえと自分に言い聞かせ始めてからのほうがよっぽとツイートしているし、こうしてブログも書いちゃっている。「しなくちゃ」ではなく「しちゃう」感を大切にしていきたいと思う。


これだけの長い文章を最後まで読んでくれてありがとうございました。次回は本来今回書こうと思っていた「最近思うことあれこれ」をまとめられたらなと思います。さようなら!